19.大人がいない?!(972字)
最近、連日のように痛ましい事件や残虐な行為がマスコミをにぎわせており、「またか」という思いと共に、暗澹たる気持ちにさせられてしまいます。
さて、定点観測のため、最寄駅近くにある中規模の書店にときどき立寄りますが、いつの頃からか、『大人がいない』や『大人が危ない』という書名の本が目に付くようになりました。
そして、あるとき、新聞のコラム欄で、「ある知り合いのオーナーがいて、その人が古くから渋谷に所有して来た小劇場を最近、大人がいなくなったと言い残してさっさと閉めたのが非常に残念であった。」と紹介されているのを読みました(うかつなことに、掲載日や筆者は失念しました!)。
私は、大人と子供を区別しているのは、次の三つが大きいファクターであると考えます。すなわち、
①自立(自活)しているか
②責任を果たせるか
③社会(環境)への適応力があるかということです。
①が覚束ないとすべてにおいて前提が成り立ちません。それでは、②や③については自問自答して、それぞれにどういう答えが返って来るでしょうか?
本来であれば、自己の責任をきちんと果たしており、かつ社会への適応力を持って自立して生きていると自信を持って言える大人が大半を占めるようでなければならないのでしょう。
しかし、昨今は、色々なコメンテイターから「実年齢の八掛けがちょうど収まる」と言われたりしており、大人の若返り≒幼稚化に拍車が掛かっている状況にあるとさえ思われます。
適応力を欠き、さらに責任回避や責任転嫁をする人が増えているとしたら、この国の将来は非常に憂いを帯びたものになって来ます。
なぜなら、子供は大人の背中を見て育つからです。大人は模範を示す義務があることを忘れ、子供と一緒になって同一レベルに近い行動を繰り返すようでは、「おとなこども」と揶揄されても仕方がありません。
私が子供時代には、当時の大人の自由さと貫禄(余裕)に憧れを持ったものでしたが、今の子供たちは模範となる大人が身近にいないせいか、モラトリアム状態が続き、いつまで経っても大人になり切れなくなったのではないかと思っています。
かく言う私も、きちんと責任を果たしているか、分別をつけているか、にわかに自信がなくなって来ました。

3 Comments:
こんにちは。
ブログ主催者です。
ここでは、三つのファクターを紹介しましたが、もう一つ基本的なことがあるかもしれません。それは、
常識を持ち、礼儀をわきまえる
ということです。
付け加えた方が良いと思いましたので補足します。
完璧な大人は確かに少なくなっているのでしょうね。 定義された三つについては、私自身かなり自信がありません。
私自身、未だに両親に頼っている部分があって、完全自立はできていないし、責任を果たすや社会への適応力もちょっと・・・
礼儀や常識も私の常識の範囲の礼儀や常識であってこれも自信ありません。
まだまだ大人になりきれていないのでしょう。
反面、子供心も捨てたくはありません。
どちらかというと、女性(母親)の方が大人なのかもしれませんね。
痛ましい事件を見ると、何故? 信じられない などと普通に思える事が大人なのかもしれません。 全ては欲望に対して、自制できるか出来ないか も 大人と子供の分かれ目なのかもしれませんね。
ぺぺさん、こんにちは。
そうか、「自制できること」も大きなファクターになり得ますね。
そして、たとえ「大人」であっても、すぐに童心に戻って行ける柔軟性も持ち合わせていたいと思います。
もろもろのことを考えて来ると、「ゆとり」を持つことがとても大事だと思えてきました。
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